共通論題―経済
経済学・統計学における西側科学の流入とその問題点
大西広(京都大学)
報告者はもともと中国研究をして来たわけではない。しかし,マルクス経済学と社会統計学のフィールドから出発しつつも,西側経済学や数理統計学に対抗しうる,あるいは両者を統合する科学をどう構築するかという視角から作業を続けていくうちに,必然的に「ケ小平の中国」と遭遇することとなった。ひとつには,マルクス経済学と生産力主義・プラグマチズムとの関係を見直す契機として,さらにもうひとつには,経済学と統計学における主流派と反主流派との対立というもの自体を考える契機としてである。
そうした問題意識からすれば,経済学でも統計学でも,ともに「左派」と「近代派」が存在をすること自体の社会的意義と根拠をこそまずは理解すべきというのが報告者の立場である。あるいは逆に言えば,そのどちらかしか存在しえないような状況は様々な社会的な弊害を生じさせる。
新中国における主流派統計学の変遷
たとえば,新中国の主流派統計学は以下の表に見るように振り子のような変遷を遂げたが,それは常に政治的意図によるものであり,それらが真に深い議論をすることを妨げてきている。これは「近代派」が現在勢いだけで突っ走っているような現状への批判を含んでいる。
第1表 中国における両派統計学の歴史的変遷
実証主義(経験主義)派 両派の力関係 構成説派(社会統計学)
戦前期講壇 英米数理統計学の影響 ? 独日社会統計学の影響
戦前期中共 毛沢東農村調査の実践 <のち> (中共ソ連派の教条主義)
毛沢東時代 (ケ小平事実求是論) < 典型調査論、毛思想の教条化
↓ ↓
ケ小平時代 数理統計学の興隆 > 社会統計学の弱体化
新中国における主流派経済学の変遷
一方,経済学もまた,そのような政治的バイアスを常に受けてきている。たとえば,毛時代の強蓄積にとって「マルクス主義」は非常に重要なイデオロギー装置として機能し,またケ小平時代の反毛闘争には西側科学・思想の導入は不可欠であった。この意味で,やはり理論が現実を導いたのではなく,現実が理論状況を決したというのが実情である。現在は経済学においてもそうした路線は強められる一途であり,そのために「マルクス経済学」界には大きな不満が沈殿している。その一方で,「西側経済学」には勢いに任せた乱暴な議論も生じている。
求められる適切なバランスとは
しかし,報告者の理解によれば,経済学においても統計学においても,その健全な発展のためには両者が正常に発展し,バイアスなく討論のできる状況が必要であり,結局はそうした状況のみがバランスのとれた絶妙な政策運営をもたらすことができる。78年以降の約20数年間は大局的に見て,そうした適切なバランスを保っていたものが,ここに来てバランスを崩しつつあるというのが報告者の観察である。その詳細は本報告にて述べたい。